小学校の図書館にあった、世界の伝記シリーズは、全部読んだ。
ある日の夕方。
リビングに上がると(当時の家は子供部屋が地下にあった。)、明らかにおかしい母、と強張った顔の兄。
(どうしたの。昨日の夜もなんだか大変そうな電話をしてたね。どうしたの。ねえねえ。どうしたの。)
そんなことを思いながら、雰囲気に押されて何も言えないわたし。5年生だった。
急いで車のキーを持って、妹を私に託して出て行く二人。
わたし「どこいくの?」
母「そうたの中学校」
わたし「なんで?」
母「大丈夫だから。大丈夫」
わたし「なにが?どうしたの?」
母「大丈夫。ちょっと。ちょっとね、や◯ざと話してくるだけや…」
いやあきらか大丈夫じゃないだろ
そう思ったときにはときすでに遅し。
出て行く母も兄。
心配させまいと、とあまりなにも言わずして行こうとしたのだろう。
お母さん。今だから言えるけれども。
逆にそこだけ言い残していかないでほしかった。完全に不安を煽る形で去っていった。
わたしは、残る家で、母と兄の強張った顔が脳裏から離れなかった。心配で心配で。涙が出そうだった。
わたしはこの時、母の深刻そうな顔を、初めて見たのだったーーーーーーー。
〜や◯ざの娘と付き合って。マリーアントワネットを想う。〜
ことの発端は兄の中学校の担任からの電話だった。
なんだなんだ、またそうたが何かやらかしたのか、と、受話器越しに耳を傾ける母。
耳を傾けて吃驚。電話の内容はこうだ。
ーーーおたくのそうた君は、一年生の◯◯ るりさんと付き合っているらしいですね。
実はですね。るりさんのお父様が、るりさんとの関係をそうたくんに聞きたいみたいでして。ーーちょっとお怒りだそうで。いや、そのね。ええーー。ーーそのね。大きい声では言えないんですけどね、はい。るりさんのお父様ね。その道の関係の方でして。
なんと兄。
その道の関係の父を持った娘と付き合っていたのだ。
なぜ、その父親が兄と話したがっているのか。
兄がその娘をないがしろにしていたから?二股していたから?遊びばれていたから?はたまた…
兄の名誉もあるので詳しくは語らないけれども、
要するに家で泣いている娘を見て、怒り心頭のお父様であったわけだ。
そして学校に連絡。学校が母に連絡。
母、流石に画面硬直であった。
兄に事実確認をして、それからまた学校と連絡。
結局話し合いをすることになった。
一応個人同士のお付き合いの話だから、本来は学校もノータッチであるのだか。
ノータッチで済まない事例もあるだろう。それが今回だった。
特別措置として、話し合いの場に教室を貸してくれる事になった。
貸してくれることになった。貸してくれることに…。
教師は別室待機である。いる意味あんの?
母と兄は教室に入る前に、学校側と話す。
教頭と担任が居た。
そこで母は言われた。
教「お母さん。くれぐれも、気をつけてくださいね。」
今から教室と言えども、その道のお父様と密室で会うのに、
何をどう気を付ければ良いのだろう。教えて欲しい。
ーーー母は教室に入り目を見張る。
顔の半分はケロイド。そしてスキンヘッドの頭には、何かの縫い跡があり、
座る椅子の隣には何やら大きな四角い鞄。
どこからどう見ても、
完全なや◯ざであった。
お父様は根掘り葉掘り聞く。
どこまでの関係じゃ?どこまでやったんか?責任はとれるのか?どういうつもりで付き合っどったんじゃ?
恐怖のあまりなにも答えられないきょどる兄。
母は必死に代わりに答える。
何度も、そんな事はありませんよ、ご心配おかけしてしまいましたね、とやりとりしていくうちに、少しずつ言葉が増えてきたお父様。
そしてお父様はこうお話になられた。
・もともとあまり会話が無いほうなのに、最近(反抗期もあり)やけに冷たい会話しかできていない。
・なのに泣いているから腹が立った。
それを聞いた瞬間、母は思った。
ーーーーなんだ、子どもを心配する、普通の親なんだわ…ーーー
そこから母も親身になってお父様(や◯ざ)のお話を聞き、頷き、同調する。
万事解決!の雰囲気では無かったが、
結果、
・娘は転校させる
・金輪際関わらないこと
で話が終わったのだ。
その間、時間にして2時間くらいだっただろうか。(家で待つわたしの体感時間は4時間くらいだったが。)
車のドアを閉める音がして、わたしは玄関で今か今かと待つ。
帰ってきた母を見て、驚いた。
行くまでは普通の髪だった母の前髪が、白くなっていたのだ。
世界の伝記シリーズで読んだマリーアントワネット。一晩で髪の毛が真っ白になったシーンは、嘘だと思っていた。
でも、その時、わたしは思った。
マリーアントワネットは、本当に一晩で髪の毛が真っ白になったんだ…。
本当にショックだったんだろうな…アントワネット…。
マリーアントワネットを想った。
そしてまたもやわたしは思う。
こいつ(兄)のせいで母がかわいそうな事になっている。
今こいつが死んでも絶対に泣かない自信あるわ…。
後日、一連の話を話す母。
母「指が欲しいと言われたら、どうしようかとずっと考えててん。そうたはチェロをしてるから、指だけはあかんやろ。わたしも嫌やろ。お父さんにどこの指だして貰おうかと考えとってん。やっぱり小指だったら生活にあまり支障無いかなあって」
母「ヘタに、下手に出たらあかんと思っとってんけどな。でも怒らせたらあかんしと思って…」
母「でもな、で、も、な。お父様が娘との関係について悩みを話し始めたんや。お父さんも悩んではったんやな…」
母「もうこっちのもんや!と思ったわ!」
母「お悩み相談となったらお手の物やで〜わたしは!はははははははは!」
命をかけて臨んだからであろう。
その後、母は前髪が白髪になるプラス、
顔面神経痛になっていたのであった…。
〜や◯ざの娘と付き合って!マリーアントワネット想う。〜
おしまい。
マリー・アントアネット―革命に散った悲劇の王妃 (学習漫画 世界の伝記)
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※決してやくざの方を差別化しているわけではありません。一つの物語としてお読みくださればと思います。